21世紀の産業革命:炭素狩猟社会から炭素耕作社会への進化
私たちは、生活に必要な食料・エネルギー・材料のほとんどを、植物が光合成によって固定した炭素に依存しています。人類は農業を発明することで狩猟社会から耕作社会への変革に成功し、大量の食料を獲得することを成功しました。しかし、現代社会は、いまだに、エネルギーと材料は古代に固定された炭素資源である化石燃料に依存した狩猟型炭素社会です。化石燃料というパンドラの壺を開けたことで、現在の文明の発展と引き換えに、CO₂増加による地球温暖化という災いがもたらされています。
地球規模でのCO₂固定は光合成でのみ可能です。しかし、排出量に対して農業などで固定されるCO₂の量が限られており、固定された炭素も有効に利用されていません。日本国内で農業や森林における光合成で固定されるCO₂の量は排出量の1/10以下です。さらに、農業で固定された炭素は食料として消費される他、その多くは有効に利用されていません。森林で固定された炭素も、木材や紙として利用されるもの以外は放棄されています。これらの課題に真正面から取り組む新たな技術と社会づくりは急務です。
太陽光、風力、水力発電などで炭素を介さないエネルギー耕作が可能ですが、航空機や船舶の燃料やプラスチックなどの材料は炭素に依存し続けることになるので、バイオマスを用いた炭素耕作による炭素循環が不可欠です。また、大気中に放出されたCO₂を回収する唯一の方法が炭素耕作です。我々は、炭素耕作による、炭素狩猟社会から炭素耕作社会への産業革命を実現に挑戦します。
本拠点の目指すもの
炭素耕作の本質は、バイオマスの積極的な生産・価値化・循環再利用化です。バイオマスの固定量を大きく増大させるとともに、炭素蓄積量を増大させる栽培法の開発によりカーボンネガティブ特性の付与を実現します。さらに、バイオマスの付加価値化を強力に推進し、経済性から放棄され未利用となっている土地を全面的にバイオマス生産地へと転換します。
炭素耕作を実現するためには、バイオマスの生産量を増やすことが必須です。しかし、日本は耕作面積が限られており、食料自給率も低いという問題があります。本拠点では、日本で最も大量に生産されている農産物である米、国土の約70%を占めている森林の木材、周囲が海で囲まれている日本にとって大きな可能性のある藻類を用いた炭素耕作を推進します。まず、CO₂固定能力・バイオマス生産能力の高い品種の稲を開発し、炭素耕作型稲作を確立します。この稲は、食料危機のときの安全保障の観点でも有用です。炭素固定速度を最重要視した短伐期高効率の新しい林業を創出します。また、藻類を用いた炭素耕作漁業を確立します。
例えば、稲が固定する炭素のうち米となるのは30%程度に過ぎません。残りの70%の炭素は稲わらや籾殻などに含まれます。固定した炭素を無駄なく利用、貯留する技術が炭素耕作に求められています。稲作や林業における温室効果ガスの発生や化学肥料の消費も大きな課題です。本拠点は、それを明らかにする調査研究を行い、温室効果ガスの発生削減及び肥料成分リサイクル技術を開発します。炭素耕作では、農林業からエネルギー、材料への変換およびリサイクル技術の全てを連携することが必要です。本拠点では、相互連携技術の共創をめざし、網羅した研究開発を行います。また、炭素耕作の社会実装のためには、地域全体での効率的な物質循環の取り組みが必要です。本拠点事業は、多摩地域に加え、国内各所における研究開発および事業活動を推進します。また、タイやインドネシア等の東南アジア地域との連携により世界の拠点へと拡大します。本拠点の価値向上には、国際的な市場における価値創出も重要であり、農林資源由来の新産業において、グローバルスタンダードを創出・牽引していくことを目指します。さらに、従来の地域社会の課題解決・価値創出活動を発展させ、国際社会にも波及可能な価値創出や産業連携を達成します。また、社会との対話を通じて、資源循環型社会の在り方を示します。特に、次世代の産業創出における技術シーズの開発、人材育成、民間資金導入、連携体制の構築を担い、価値創出の実践の場としての拠点を目指します。
拠点プロジェクトリーダー
東京農工大学 卓越教授
養王田 正文
佐藤 嘉記
東京農工大学 特任教授